北方領土返還要求運動都道府県民会議の設立

1.地域に根ざした北方領土返還要求運動

北方領土返還要求運動が国民運動として定着するためには、日本全国どの地域でもこの運動がしっかりと地に根を下ろすことが何よりも大切です。そのためには、各地で個々に運動を続けていた各種の団体を糾合し、領土返還を願う地域住民の声を結集するとともに、さらに多くの住民が運動に参加できる基礎を確立することが不可欠でした。

2.都道府県民会議の設立

この要求に応える形で、地域における北方領土返還要求運動の推進基盤として、北方領土の返還を要求する県民会議が組織されていきました。

1970年(昭和45年)9月15日、北方領土、北方海域に深い関わりを持っていた宮城県において、「北方領土返還促進並びに漁業の安全操業に関する宮城県民会議」が設立されました。これは、北海道以外で初めて設立された県民会議でした。
次いで、1973年(昭和48年)5月20日、青森県に「青森県北方領土返還促進協議会」が設立されました。ともに漁業その他の関係で北方領土と関係の深い県でした。

宮城県民会議設立総会

宮城県民会議設立総会

3.中央と地方相互間の連携

一方、北方領土問題について全国的な規模で啓発宣伝活動を展開していた北方領土問題対策協会は、1975年(昭和50年)10月、都道府県等地方行政機関と北方領土返還要求に係る民間団体との強力な連携の下に効果的な返還運動の推進を図るとともに、中央と地方相互間の連携強化を目的として、都道府県ごとに推進委員を委嘱する制度を設けました。

推進委員には、北方領土問題に熱意を有し、関係行政機関、関係団体等と緊密な連携を維持して効果的な運動の推進役となる人材を必要とすることから、その委嘱に当たっては、各都道府県知事の推薦を得ることとしました。

昭和50年代には、この推進委員を中心として県民会議結成の機運が各地に高まっていきました。また、都府県行政当局も地域住民の声に呼応して積極的な協力支援体制をとり、官民一体となった組織づくりを推進していきました。

4.全都道府県に設置された県民会議

そして、1987年(昭和62年)3月11日、島根県における県民会議の結成をもって、全都道府県に県民会議の設置をみるに至りました。
現在、これらの県民会議は、地域に根ざした様々な活動を展開しており、地方における運動の推進に大きな役割を果たしています。