元島民 – 竹脇 昭一郎 – が語る「北方領土」

歯舞群島(志発島)出身

第二次世界大戦は、日本がポツダム宣言を受け入れ、昭和二十年八月十五日(一九四五年)且つて日本国民の歴史にもない敗戦国の冷厳な現実に打ち拉がれている時、その三ヶ月後の十二月一日、当時の根室町長安藤石典により占領軍の連合国軍総司令官マッカーサー元帥に宛てた陳情文面、以下により、返還運動の灯が点されたのです。(第一回の陳情は原文のまま)

閣下に對し余は、現在ソ聯の占領に係るゴヨマイ諸島並に南千島諸嶋の實情に付陳情することを衷心より光榮に存します。

一、 現在ソ聯軍の占領して居りますゴヨマイ諸嶋は北海道根室の一部にありまして歯舞村の區域てあり千島諸島の内色丹、國後、擇捉の三島は日本の封建時代より日本國土てありまして住民は父子相傳へて三代乃至五代位も相続して居り千八百七十三年(明治七年)日本かソ聯と千島樺太交換條約を締結の際擇捉海峡以北の諸島を我領有となし、樺太をソ聯の領有に帰せしめたるを以て舊來の擇捉、國後を南千島と構し新に交換したる得撫島よりオンネコタン島迄を中千島と稱し幌莚島、アライト島、占守島を北千島と稱するに至りました。而して現在南千島の一に加へられて居ります色丹島はゴヨマイ諸島てありましたか、千島・樺太交換條約の際被交換嶋嶼に居住して居りました士民は國籍選擇の自由の原則に從ひ日本國民たることを希望したる為め凡そ二十戸を色丹嶋に移住せしめました其の為め色丹嶋は根室國の一部たるゴヨマイ諸嶋でありますのを千八百七十三年(明治七年)以後殊更南千嶋に付け加へ現在に及んて居ります。

二、 九月一日ソ聯軍は南千嶋及ゴヨマイ諸嶋に對し武力占領を行ひました。而して住民の家宅捜索を行ひ金品を掠奪され又銃殺された者等もありますので不安に驅られ小舟艇にて根室町に逃避するものか続出し現在非常な数に上り別表の通りてあります。
エトロフ嶋は根室町と距離遠く小舟艇にては航海不能の為め逃避し得す消息全く不明てあります余等はエトロフ嶋民の安否を非常に気遣って居ります。

三、 吾か根室港は南千嶋及ゴヨマイ諸嶋を水産圏内として水産業の中心地てあります從て産業、経済、人情、風俗全く同一てありまして親子の関係にあります。
而して其の距離に致しましても別圖の如く極めて近距離にして地理的にも歴史的にも北海道に附属する小諸嶋てあります。

四、 然るにソ聯は以上の小諸島に對し保障占領にあらすして軍事占領を為し住民の自由を拘束して根室港との往来交通を禁し剰へ掠奪暴行の擧に出て住民の不安極度に達しエトロフ島の如きは全然消息不明の現状てあります。以上の小諸島は北海道てありますから速かに米軍の保障占領下に置かれ住民の不安焦燥を除去し賜はらんことを切に個願して飲まさる次第てあります。

五、 南千島及ひゴヨマイ諸島はカニ、鮭等の生産多く戦争前は之等に依り罐詰を製造し盛に貴國に輸出して居りました日本かポツダム宣言を忠實に履行する上からも以上の諸島を米軍の保障占領下に置かれ余等をして安んして是等の生業に就かしめ賜はらんことを重ねて嘆願する次第てあります。

以上概要を申上け閣下の御明鑑に愬へ一日も早く米軍の保障占領下に置かれんことを偏に悃願する次第てあります。
閣下の御健康と貴軍の御安泰を御祈り致します。